「作った店は必ず流行る」株式会社コクーンデザイン・松村氏に聞く、店舗デザインの役割とは

なぜデザイナーを目指そうと思われたのですか?

高校3年生で進路を決めるときに、芸術大学の存在を知り「デザイナー」という響きに魅力を感じたからです。デザインと一言で言っても、グラフィックやメディアなど様々ありますが、建築に進むことはすぐに迷いなく決まりました。直感的にこれだと思ったんです。今は「こんなに大変な仕事だったとは…」と少し後悔していますが (笑)

大学入学後の4年間は基本的な技術はもちろんですが、どちらかと言うと同じ道に進む友人を増やしたり、お酒の飲み方などの大人の社会を学んだりする期間と捉えていました。特にバーテンで4年間アルバイトをして、店長も務めたのですが、その時に築いた人脈が今でも活きることが多くあります。そうした時に、人付き合いの重要性を感じますね。

大学卒業後はリックデザインに入社されていますが、どのような経緯だったのですか?

大学4年生のときに見た、六本木ヒルズの中に出店していた中華のお店がとてもかっこよかったんです。調べてみたら「リックデザイン」という事務所が内装を担当していることがわかりました。大学のある大阪に支社があったので、これは運命だと思い、すぐインターンに応募しました。

タイミングが良かったのか、採用してもらうことができ、1年間インターンとして働いた後、そのまま入社しました。他の大手の設計施工会社にも興味はあったのですが、やはりデザインを突き詰めていきたいと考え、リックデザインに決めました。インターンをするまではリックデザインの存在さえ知らなかったので、実際入ってみたら予想以上に大きな仕事をしていて正直驚きました。

独立後の現在も大阪で活動されていますが、特別な思いやこだわりはありますか?

株式会社コクーンデザイン・松村氏

大阪の街はやはり育った場所であり、とても人が暖かい所なので大好きです。ただ、今は特に大阪にこだわるというわけではありません。独立して今年で6年になるのですが、近いうちに東京に進出しようと考えています。

大阪でやっていて良かったことは、大阪が商売人の街という点でしょうか。東京とは予算に対する感覚が決定的に違うので、かなりビジネス面で鍛えられましたね。例えば、削れる経費は少しでも削ろうとしますし、東京だとデザインを気にいってくれると「次回は予算を少し増やそう」ということもあるんですが、大阪だとまずありえません。設計料の消費税分を交渉されたこともありましたね(笑)

現在独立して6年目になりますが、独立のきっかけはなんでしたか?

辞めるきっかけは、入社4年目になって自分のデザインをもっと打ち出したいという気持ちが強くなってきたからだと思います。それまでにひと通り仕事は仕込んでもらいましたから、他の事務所に移るか独立するかだと考え、正直余り考えないまま飛び出してしまいました。

辞めることを決めて挨拶に回ったところ、幸いにも何件か仕事の依頼をいただき、結果として独立という形を取りました。まだ当時26歳ということもあり、一度挑戦してみようという気持ちが強かったですね。

独立の過程で苦労したことはありますか?

もちろん、仕事が無い時期もありました。独立当初はそれまでのお付き合いで何件かお話を頂いていたんですが、その後一度パタっと途絶えてしまったんです。その時は退職金や貯金を切り崩してやりくりをし、寝れない日が2週間続いたこともあります。3年目までは手探りでの運営をしていましたね。ただ、若いうちにこうした経験ができたことでかなり鍛えられたことは事実です。

好転のきっかけとしては、実績がしっかりと出来てきた点が1番大きいと思います。いつからか「デザインした店は必ず流行る」「繁盛店デザイナー」と言っていただけるようになりました。その頃から徐々に不安がなくなり、自分の実感も伴ってきましたね。

普段から意識されていることはありますか?

株式会社コクーンデザイン・松村氏

名刺を常に持って配るようにしています。よく一人でも飲みに行くのですが、その場で知り合った人と意気投合して、後々仕事のお話をいただくこともあるので、少しでもインパクトが残るようなデザインの物を使っています。少しコストは掛かりますが、いつかのために今種を蒔くことはとても重要だと思っています。

昨日もお客さんと割りとハードに飲んでいたので、顔がむくんでてすみません(笑) こうして東京に来る機会があると、普段どうしても直接会えないので、有り難いことに誘っていただくことが多いんです。実は今日もこれからまた…(笑)

ここからデザインについてお聞きします。

どのようにデザインのアイデアが生まれてきますか?引き出しの増やし方などにおいて、工夫していることはありますか?

誰しも今までの経験の中からしか、新しいものは作り出せないと思っています。見たものや感じたことを、パズルのように組み合わせて創り出します。そのために繁盛店を見に行ったり、常にアンテナを張って新しいものを見るようにしています。新しく気になるお店ができたら多少遠くても足を伸ばしたり、旅に行った際に立ち寄ったりしています。

松村さんといえば繁盛店を生み出すことで有名ですが、『流行る店』を作るために注意していることはありますか?また今後手がけてみたい業界はありますか?

株式会社コクーンデザイン・松村氏

飲食店は内装・味・サービスで構成されていると考えています。なので、デザイナーの私が貢献できる割合はあくまで3分の1だと思っています。やはり繁盛している店はこの三位一体という状態が、必ず成り立っています。内装だけ豪華でも、味・サービスが伴っていなければ意味がありません。他の2つの要素とのバランスをとることはいつも気にしています。

仕事を受ける業界にはこだわりませんが、いずれはホテルを手がけてみたいです。ホテルは内装・味・サービスどれをとっても最高の物を提供する、全ての「極み」であると思います。その環境を作ることの出来るデザイナーになりたいですね。

松村さんのビジネス面についてお聞きします。

クライアントとの信頼関係の築き方やスタッフのマネージメント等、意識されていることはありますか?

やはり成果をきっちり出すという点が、一番信頼関係につながると考えています。また当然ですが、「報・連・相」の徹底には全社を挙げて取り組んでいます。というのも過去に海外出張に出ていたために、国内のクライアントと密に連絡を取ることが出来ず、信頼を失ってしまったことがあったからです。それを機により連絡は細かく取るようにしています。

また社内のマネジメントについては、営業とマネジメント專門のスタッフに大部分を頼っています。やはり私はデザインをするプレーヤーですので、苦手な部分は割りきって任せるようにしていますね。

コンペや設計料など、業界で問題とされている点について、どのように考えていますか?

デザイン料の価格破壊やクライアントの知識・情報不足は問題だと思います。海外に比べてまだインテリアデザイナーと言う職業自体の社会的地位が低いと思いますし、何にお金を払っているのかクライアントがしっかり理解できていないと感じることは多いです。

来た依頼はほとんどお断りしないんですが、予算が合わない場合だけはお断りさせて頂いています。「正当な価格で成果を出し、評価を受けること」が業界の為になると私自身が考えているからです。

松村さんの将来の展望をお聞きしたいと思います。

20年後の自分はどうなっていますか?また、目標はありますか?

将来については実はあまり考えてません。実際60代になった時に20代の感覚に勝てるとは思えないですし、先の事は考えてもしょうがないと思っています。

そのかわりに、「5年単位で実現させる計画を5個設定する」ということをしています。年収だったり、従業員数だったりざっくりとですが目標を決めることで、今何をすべきか考える機会を持つことができるようになりますね。これは、20歳くらいのときにバーテンをしていたときのお客さまに教えていただて、その当時から実行しています。

この5年間の目標の一つは東京進出ですね。独立時から毎年1店舗づつ必ず任せてくれるお客様がいて、私はその方に育ててもらい、共に歩んできたと感じているので、勝手にですが、東京進出も一緒にできたら嬉しいと思っています。

海外進出についてはどうお考えですか?

いずれは海外、特にニューヨークに事務所を置きたいと思っています。以前ニューヨークのラーメン店の内装に関わった際、アメリカの規模の大きさを目の当たりにし衝撃を受けました。また、移民の国であり選択肢が自由かつ多くあることも魅力です。同年代の人々の働き方も日本とは全く感覚から異なり、ここで仕事をしたいと強く思いました。

次の35歳からの5年間でこの目標は達成したいですね。どんな大きな夢でも語っていればいつか叶うと信じているので、これからも言い続けていきたいと思います。

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